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問題
銅-亜鉛ダニエル電池の全体反応
\[\text{Zn}(s) + \text{Cu}^{2+}(aq) \rightarrow \text{Zn}^{2+}(aq) + \text{Cu}(s)\]
について考えます。標準電池電位は \(E^\circ = 1.10~\text{V}\)、反応に関与する電子数は \(z=2\)、温度は \(T=298.15~\text{K}\) とします。
(1) ネルンストの式
\[E = E^\circ - \frac{RT}{zF}\ln Q\]
に基づき、\([\text{Zn}^{2+}]=1.0~\text{mol/L}\) に固定した状態で、\([\text{Cu}^{2+}]\) を \(10^{-6}\sim1.0~\text{mol/L}\) まで対数的に変化させたときの電池電位 \(E\) をRで計算し、可視化しなさい。ここで反応商は \(Q=[\text{Zn}^{2+}]/[\text{Cu}^{2+}]\) とします。
(2) (1)のグラフの傾きから、\([\text{Cu}^{2+}]\) が10倍変化するごとに \(E\) がどれだけ変化するか(理論的には \(\dfrac{RT}{zF}\ln 10\) に相当)をRの回帰計算で確認し、理論値と比較しなさい。
(3) ネルンストの式と標準電池電位 \(E^\circ\) の関係
\[\Delta G^\circ = -zFE^\circ\]
を用いて、この電池反応の標準反応ギブズエネルギー \(\Delta G^\circ\) を求め、さらに \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\) の関係から、この反応の平衡定数 \(K\) を計算しなさい。
解答方針
ネルンストの式は、電池の起電力 \(E\) が反応物・生成物の濃度(活量)にどのように依存するかを表す式です。
標準状態からのズレは反応商 \(Q\) の対数に比例して現れるため、\(Q\) を対数軸で変化させたときの \(E\) の変化は直線的になります。
この直線の傾きが \(-RT/(zF)\) に相当することを利用して、(1)(2)ではRでの数値計算とグラフの傾きの検証を行います。
(3)では、電位というエネルギー論(\(\Delta G^\circ=-zFE^\circ\))と、化学平衡というエネルギー論(\(\Delta G^\circ=-RT\ln K\))を接続します。
# ------------------------------------------------------------
# ネルンストの式:ダニエル電池 Zn(s)+Cu2+(aq) -> Zn2+(aq)+Cu(s)
# ------------------------------------------------------------
R_gas <- 8.314 # 気体定数 J/(mol・K)
F_const <- 96485 # ファラデー定数 C/mol
T_temp <- 298.15 # K
E_std <- 1.10 # 標準電池電位 V
z_e <- 2 # 電子数
# --- (1) [Cu2+]を変化させたときの電池電位E ---
Zn2_conc <- 1.0 # mol/L(固定)
Cu2_conc_seq <- 10^seq(-6, 0, length.out = 100) # mol/L(対数的に変化)
# 反応商 Q = [Zn2+]/[Cu2+]
Q_seq <- Zn2_conc / Cu2_conc_seq
# ネルンストの式によるE(V)の計算
nernst_E <- function(E0, Q, z, T, R = R_gas, F = F_const) {
E0 - (R * T) / (z * F) * log(Q)
}
E_seq <- nernst_E(E_std, Q_seq, z_e, T_temp)
df_nernst <- data.frame(
Cu2_conc = Cu2_conc_seq,
Q = Q_seq,
E_V = E_seq
)
print(head(df_nernst, 5))
print(tail(df_nernst, 5))
# 検算:Cu2+=Zn2+=1.0のときQ=1となり、E=E_stdに一致するはず
Q_check <- Zn2_conc / 1.0
E_check <- nernst_E(E_std, Q_check, z_e, T_temp)
cat(sprintf(
"\n検算: [Cu2+]=1.0 mol/Lのとき E = %.4f V (E_std = %.4f V)\n\n",
E_check, E_std
)) Cu2_conc Q E_V
1 1.000000e-06 1000000.0 0.9225312
2 1.149757e-06 869749.0 0.9243238
3 1.321941e-06 756463.3 0.9261164
4 1.519911e-06 657933.2 0.9279091
5 1.747528e-06 572236.8 0.9297017
Cu2_conc Q E_V
96 0.5722368 1.747528 1.092830
97 0.6579332 1.519911 1.094622
98 0.7564633 1.321941 1.096415
99 0.8697490 1.149757 1.098207
100 1.0000000 1.000000 1.100000
検算: [Cu2+]=1.0 mol/Lのとき E = 1.1000 V (E_std = 1.1000 V)\([\text{Cu}^{2+}]=10^{-6}~\text{mol/L}\) という極めて低い濃度では、電池電位は \(E\approx0.923~\text{V}\) となり、標準電池電位 \(E^\circ=1.10~\text{V}\) よりも小さな値になっています。
これは、反応商 \(Q=[\text{Zn}^{2+}]/[\text{Cu}^{2+}]\) が \(10^6\) という大きな値をとり、\(-\dfrac{RT}{zF}\ln Q\) の項が大きく負に効くためです。
一方、\([\text{Cu}^{2+}]\) が \(1.0~\text{mol/L}\)(標準濃度)に近づくにつれて \(Q\to1\) となり、\(\ln Q\to0\) となることで \(E\) は \(E^\circ\) に漸近していきます。
100行目とその後の検算はいずれも \([\text{Cu}^{2+}]=1.0~\text{mol/L}\) に対応しており、\(E=1.1000~\text{V}\) で一致しています。
これは、\(Q=[\text{Zn}^{2+}]/[\text{Cu}^{2+}]=1.0/1.0=1\) のとき \(\ln Q=0\) となり、ネルンストの式が \(E=E^\circ\) に帰着するという理論的な要請どおりの結果であり、実装に誤りがないことを裏付けています。
可視化
library(ggplot2)
p_nernst <- ggplot(df_nernst, aes(x = Cu2_conc, y = E_V)) +
geom_line(color = "darkred", linewidth = 1) +
scale_x_log10(
labels = scales::trans_format("log10", scales::math_format(10^.x))
) +
labs(
title = expression("ネルンストの式: " * "[Cu"^"2+" * "]の変化に伴う電池電位"),
x = expression("[Cu"^"2+" * "] (mol/L, 対数軸)"),
y = "電池電位 E (V)"
) +
theme_minimal(base_size = 13)
print(p_nernst)(2) 濃度10倍あたりのE変化量の検証
# --- (2) log10([Cu2+])に対するEの傾きを回帰で求める ---
log10_Cu2 <- log10(Cu2_conc_seq)
fit_nernst <- lm(E_V ~ log10_Cu2, data = df_nernst)
slope_regression <- coef(fit_nernst)["log10_Cu2"]
# 理論値: E = E0 - (RT/zF)*ln(Zn2/Cu2)
# = E0 - (RT/zF)*ln(Zn2) + (RT/zF)*ln(Cu2)
# = E0 - (RT/zF)*ln(Zn2) + (RT/zF)*ln(10)*log10(Cu2)
# よってlog10(Cu2)に対する傾きは (RT/zF)*ln(10)
slope_theory <- (R_gas * T_temp) / (z_e * F_const) * log(10)
cat("=== [Cu2+]が10倍変化するごとのE変化量 ===\n")
cat(sprintf("回帰から得られた傾き = %.6f V/decade\n", slope_regression))
cat(sprintf("理論式から予測される傾き = %.6f V/decade\n", slope_theory))
cat(sprintf("差: %.2e V\n\n", abs(slope_regression - slope_theory)))=== [Cu2+]が10倍変化するごとのE変化量 ===
回帰から得られた傾き = 0.029578 V/decade
理論式から予測される傾き = 0.029578 V/decade
差: 3.12e-17 V回帰計算によって得られた傾き(0.029578 V/decade)と、理論式 \((RT/zF)\ln10\) から直接計算した傾き(0.029578 V/decade)は、表示された桁数の範囲で一致しています。
両者の差はわずか \(3.12\times10^{-17}~\text{V}\) であり、これはRの浮動小数点演算に伴う丸め誤差の範囲内の値であって、実質的にゼロとみなせる差です。
この結果は、\(E\) が \(\log_{10}[\text{Cu}^{2+}]\) に対して線形の関係にあること、そしてその傾きがネルンストの式から理論的に導かれる \((RT/zF)\ln10\) に一致することを裏付けています。
\(z=2\) の電子数を持つこの反応では、濃度が1桁変化するごとに電位がおよそ \(29.6~\text{mV}\) 変化することが、数値計算と理論式の両面から確認された結果と言えます。
(3) 標準反応ギブズエネルギーと平衡定数
# --- (3) ΔG°と平衡定数Kの計算 ---
dG_std <- -z_e * F_const * E_std # J/mol
cat("=== 標準反応ギブズエネルギー ===\n")
cat(sprintf("ΔG° = %.1f kJ/mol\n\n", dG_std / 1000))
# ΔG° = -RT ln K より K = exp(-ΔG°/RT)
K_eq <- exp(-dG_std / (R_gas * T_temp))
cat("=== この電池反応の平衡定数 ===\n")
cat(sprintf("K = %.3e\n", K_eq))=== 標準反応ギブズエネルギー ===
ΔG° = -212.3 kJ/mol
=== この電池反応の平衡定数 ===
K = 1.548e+37標準反応ギブズエネルギーは \(\Delta G^\circ=-zFE^\circ\) の関係式から \(-212.3~\text{kJ/mol}\) と求まりました。
この値が大きな負の値であることは、Zn(s)がCu²⁺(aq)を還元してCu(s)とZn²⁺(aq)を生成する反応が、標準状態から自発的に(外部から仕事を加えなくても)進行することを意味しています。
この \(\Delta G^\circ\) を \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\) の関係式に代入すると、平衡定数は \(K\approx1.548\times10^{37}\) という極めて大きな値になります。
\(K\gg1\) であることは、平衡状態において生成物側(\(\text{Zn}^{2+}\)、Cu)が反応物側(\(\text{Zn}\)、\(\text{Cu}^{2+}\))に対して圧倒的に優勢であることを示しており、実質的に反応がほぼ完全に進行し尽くす(反応物がほとんど残存しない)ことを表しています。
この結果は、ダニエル電池が実際に安定して大きな起電力を持続的に取り出せる電池として機能することとも整合しています。
考察
(1)の結果から、\([\text{Cu}^{2+}]\) が \(10^{-6}~\text{mol/L}\) という極めて低い濃度のとき \(E\approx0.923~\text{V}\) であったのに対し、\([\text{Cu}^{2+}]=1.0~\text{mol/L}\)(標準濃度)では \(E=1.100~\text{V}\) となり、正確に \(E^\circ\) に一致しました。
これは反応商 \(Q=[\text{Zn}^{2+}]/[\text{Cu}^{2+}]\) が1のとき \(\ln Q=0\) となるというネルンストの式の理論的要請どおりの結果であり、\([\text{Cu}^{2+}]\) が6桁変化する間に \(E\) はおよそ0.18 V程度しか変化しないことも分かります。
(2)の結果では、回帰から得られた傾き(0.029578 V/decade)と理論式 \((RT/zF)\ln10\) から求めた傾きが、丸め誤差の範囲(\(3.12\times10^{-17}~\text{V}\))を除いて完全に一致しました。
これにより、\(E\) が \(\log_{10}[\text{Cu}^{2+}]\) に対して厳密に線形の関係にあること、および \(z=2\) の反応では濃度が1桁変わるごとに電位がおよそ29.6 mVしか変化しないという、比較的緩やかな濃度依存性が定量的に裏付けられました。
(3)の結果では、\(\Delta G^\circ=-212.3~\text{kJ/mol}\) という大きな負の値が得られ、これを \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\) に代入すると平衡定数は \(K\approx1.548\times10^{37}\) という極めて大きな値になりました。
\(K\gg1\) であることから、この電池反応は平衡状態でほぼ完全に生成物側(Zn²⁺、Cu)に偏っており、標準電池電位という電気的に測定しやすい量から、直接測定が難しい反応の平衡状態を定量的に見積もれることが確認できます。
まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| ネルンストの式 | \(E=E^\circ-\dfrac{RT}{zF}\ln Q\) |
| \([\text{Cu}^{2+}]=10^{-6}\to1.0~\text{mol/L}\) での\(E\) | \(0.923~\text{V}\to1.100~\text{V}\) |
| \(Q=1\)(標準濃度)での検算 | \(E=1.1000~\text{V}=E^\circ\) と厳密に一致 |
| 濃度依存性(回帰 vs 理論) | 0.029578 V/decade(両者の差は\(3.12\times10^{-17}\)V、丸め誤差の範囲) |
| E°とΔG°の関係 | \(\Delta G^\circ=-zFE^\circ=-212.3~\text{kJ/mol}\) |
| ΔG°とKの関係 | \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\) より \(K\approx1.548\times10^{37}\) |
補足
標準反応ギブズエネルギーとは
標準反応ギブズエネルギーとは、反応に関わる全ての物質が標準状態(通常、圧力1 bar、指定された温度)にあるときの、反応に伴うギブズエネルギーの変化量のことで、記号 \(\Delta G^\circ\) で表されます(単位 J/mol)。
\[\Delta G^\circ = \Delta H^\circ - T\Delta S^\circ\]
ここで \(\Delta H^\circ\) は標準反応エンタルピー(単位 J/mol)、\(T\) は絶対温度(単位 K)、\(\Delta S^\circ\) は標準反応エントロピー(単位 J/(mol·K))です。
\(\Delta G^\circ<0\) のとき反応は標準状態から自発的に進行し、\(\Delta G^\circ>0\) のときは非自発的です。また \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\)(\(R\)は気体定数、\(K\)は平衡定数)という関係を通じて、平衡がどちらに偏るかを定量的に予測する際にも用いられます。
ギブズエネルギーとは
ギブズエネルギー \(G\)(ギブズ自由エネルギーとも呼ばれる)は、定温・定圧条件下で系から取り出せる最大の有効仕事、あるいは反応が自発的に進むかどうかを判定するための状態量です。定義式は
\[G = H - TS\]
と表されます。ここで \(H\) はエンタルピー(単位 J)、\(T\) は絶対温度(単位 K)、\(S\) はエントロピー(単位 J/K)です。
反応に伴う変化量は
\[\Delta G = \Delta H - T\Delta S\]
で表され、\(\Delta G<0\) なら自発的に進行、\(\Delta G>0\) なら非自発的、\(\Delta G=0\) なら平衡状態です。また \(\Delta G^\circ=-RT\ln K\)(\(R\)は気体定数、\(K\)は平衡定数)という関係を通じて、化学平衡と直接結びついています。
エンタルピーとエントロピー
エンタルピー \(H\) は、定圧条件下での系の熱的な状態量で、
\[H = U + pV\]
と定義されます。ここで \(U\) は内部エネルギー(単位 J)、\(p\) は圧力(単位 Pa)、\(V\) は体積(単位 m³)です。
定圧過程では、系が吸収する熱量がそのままエンタルピー変化 \(\Delta H\) に等しくなります。
エントロピー \(S\) は、系の乱雑さ・とりうる微視的配置の多さを表す状態量で、
\[S = k_B \ln W\]
と表されます。ここで \(k_B\) はボルツマン定数(単位 J/K)、\(W\) はその巨視的状態を実現する微視的配置の数(無次元の場合の数)です。
両者はギブズエネルギー \(G=H-TS\)(\(T\)は絶対温度)を通じて結びつき、\(\Delta G=\Delta H-T\Delta S\) の符号から反応の自発性が判定されます。
以上です。


